- 取り組み02 京丹波町 × 香山建築研究所 ×大成建設
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京丹波町役場新庁舎
京丹波町、森林資源の活かし方を模索
新庁舎建設へ、地元で木材供給体制を構築京都府京丹波町は面積の80%以上を森林が占める。しかし、その豊富な森林資源を生かし、収益の確保によって再造林につなげる、資源循環の仕組みは乏しかった。町は新庁舎の建設で木造化・木質化を図るのを機に、その課題に斬り込み、地元の製材業を中心とする供給体制を構築した。製材品の「組立柱」を開発するなど設計上の工夫も、町産材の利用率を高めている。
Interview
京丹波町産業建設部土木建築課課長補佐
中村 昭夫 氏香山建築研究所会長
香山 壽夫 氏香山建築研究所設計主任
松本 洋平 氏
課題
- 大径木を中心に地域産材を無理なく利用し、森林資源を有効に活用したい
- 森林の伐採から製材・加工までの過程に、地元の森林組合や製材会社を巻き込みたい
- 新庁舎を地元の森林のポテンシャルを展示するショールームにできないか
ソリューション
- 地域産の一般流通材を束ねた組立柱を開発した。大径木からは2枚確保できることから、製材時の歩留まりが高い
- 組立柱は一定以上の構造強度や防耐火性能を持つが、地元の製材会社でも対応可能なように束ねてビス留めという造りを採用した
- 伐採から加工まで町内で手掛けられる体制を整えようと、林業関係者、製材関係者、設計者、発注者などで、木材調達検討ワーキング会議を立ち上げた
- 設計上の工夫で町産材を用いた構造材をそのまま見せる現し仕上げを実現したり内装材にも町産材を利用できるようにしたりするなど、町産材を「見せる」ことを追求した
取り組みの効果
- 木材使用量989.72㎥のうち町産材は950.75㎥。町産材で96%を賄うことができた
- 伐採から加工まで多くの工程に地元の製材会社が携わった。新庁舎の建設後も、そこで培われたノウハウを生かし、公共・民間の建築で町産材供給の役割を果たしている
木材使用量の96%を町産材が占める
京都・嵐山を京都方面からさらに北西に分け入ると、低山に囲まれたまち、京丹波町に出る。見渡す限り、森林に覆われた山々。移住・定住検討者向けウェブサイトでは、「森と共にいきる町」をうたう。京丹波町は2005年10月、3つの町が合併して生まれた。
その町の一角に2021年11月に開庁したのが、町役場新庁舎だ。木造の議会棟と執務棟を、鉄筋コンクリート造の中央棟でつなぐL字形の配置。地元の森林のポテンシャルを打ち出すショールームとして木の良さを広くアピールしようと、内外装にもふんだんに木材を用いた。木材使用量は989.72㎥。うち町産材は950.75㎥で利用率は96%にも上る。
ショールーム実現のポイントは、準耐火構造とスプリンクラー設備の設置だ。それによって防火区画が1500㎡からその2倍にまで広がり、執務空間をより広々と確保することができた。さらに内装制限が免除され、町産材をそのまま内装にも用いられるようになった。
設計を担当した香山建築研究所会長の香山壽夫氏は「地元で産出される材料でつくるというのは、建築の根本です。そもそも公共建築は、地域のみんなでつくるもの。地元に森林資源が豊富にあるなら、公共建築に木材を用いることが、それをみんなでつくることにつながります。京丹波の町で、その根本を貫くことができました」と強調する。
旧庁舎は1959年完成。老朽化が著しいうえ、防災拠点としての耐震性が不足していた。さらに庁舎機能の劣化や分散が課題になる中、3町合併の一体性ある新たなまちづくりの拠点として、また災害時の防災拠点としての新庁舎を建設し、住民サービスの向上を図ろうとする計画を、町は2016年2月に策定した。
ここでは新庁舎に求める基本方針の1つに「環境にやさしい庁舎」を掲げ、その具体的な姿として「豊かな森林資源を活用した庁舎」を挙げている。構造計画の検討でも、「新庁舎は地元産木材を利用した木造または木質化に工夫した庁舎がふさわしい」と、町産材の利用を推奨する考えを打ち出していた。
課題は、建設工事費や木材の調達だ。木造を採用した場合、ほかの構造形式に比べ工事費は高くならないのか、また必要とする木材を町内で調達できるのかーーという点だ。当時の京丹波町総務課新庁舎建設室主任の中村昭夫氏は「木造化・木質化をうたったものの、どこまで実現できるかは未知数でした。実現に向けた工夫は、設計者を選定する公募型プロポーザルでの提案に期待を寄せました」と明かす。
- 京丹波町町役場新庁舎
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外観。左手が議会棟、アプローチを挟んで右手が執務棟
京丹波町
香山建築研究所
大成建設
木材調達の検討会議と「組立柱」を提案
このプロポーザルがユニークなのは、木造を有力候補とする構造形式に加え、その実現に向けた町産材の供給体制まで提案を求めた点だ。背景には、豊富な森林資源はあるものの、それを建築用材として生かし切る体制が整っていない、という実情がある。
町産材の素材供給量は年間1万㎥規模。町内では建築用材の需要も限られる。「地元製材会社は2社あるものの、規模が小さい。切り出した原木は主に、町外に流通していました。新庁舎建設のために大量の町産材を町中で加工したうえで現場に供給していくという流れを生み出せるか、不安を感じていました」(中村氏)。
設計者選定委員会が2017年11月に委託候補者として選んだ建築設計事務所が、先ほど登場した香山建築研究所だ。公共建築に豊富な実績を持ち、1994年3月に完成した彩の国さいたま芸術劇場では日本建築学会賞(作品)を受賞している。
木造化に向けた提案は、大きく2つある。
提案の1つは、町産材の適切な供給に向けた木材調達検討ワーキング会議の設置である。構成メンバーは、林業関係者、製材関係者、設計者、発注者など。新庁舎建設における木材利用の可能性、原木の需要と供給体制、製材能力などの情報共有を図り、町内で森林の伐採から加工まで対応できる体制づくりを検討する狙いだ。
香山建築研究所がこうした会議の設置を提案するうえで頼りにしたのが、兵庫県丹波市や大阪市中央区に拠点を置くNPO法人サウンドウッズだ。木材の利用を通じて森とまちをつなぐ仕組みづくりや人材育成に取り組む。代表理事の安田哲也氏は一級建築士の資格を持つ建築設計者でもある。
もう1つの提案は、建築関係者らと共同で開発してきた「組立柱」だ。240×120mmのスギの製材品や210×105mmのヒノキの製材品を2枚合わせてビス留めし、構造材として利用する。製材品を組み合わせ構造材として利用することは珍しくないが、「実験を通して座屈耐力や耐火性能まで確かめた点では斬新」(香山氏)という。
開発の狙いは、地元の製材会社でも加工可能な一般流通材の出番をもっと増やすことにある。香山氏は「地元産材を利用するときのポイントは、木を加工しすぎないという点です。複雑な加工が必要になると、地元の製材会社だけでは対応できなくなるからです。製材品を素直に用いるのが、重要です」と訴える。
組立柱の開発では製材時の歩留まりにも配慮した。「町内には70年生の大径木が多く、それを効率良く利用することが求められました。組立柱用の製材品は、大径木からであれば、心を外したうえで2枚の製材が可能です。原木1本からできるだけ多くの材料を確保することを追求しました」(松本氏)。
基本設計以降、町が木材を先行調達
設計者選定の過程ではこれらの具体的な提案が評価され、香山建築研究所が委託候補者として選ばれたものの、構造形式については、「木造は高くつく」との指摘が出てきたことから、その後も引き続き検討が求められた。香山建築研究所設計主任の松本洋平氏は、そのプロセスをこう振り返る。
「簡単なモデルを基に構造形式ごとに建築工事費を比較しました。結果、最も優位なのは鉄骨造でしたが、木造との差はそれほどありませんでした。木造を採用すれば、地域産業の振興につながり、地域経済への還元効果を期待できます。最終的には、これらのメリットも勘案し、木造の採用に行き着きました」
当時、町では町有林の皆伐事業を進めていた。木材を伐採し利用する一方で、その後に再造林していく事業である。「費用はどの程度かかるのか、どこまで圧縮できれば民有林でも展開できそうか。森林における資源循環の流れを、このモデル事業を通じて新たに生み出し、民有林にも水平展開していく想定です」(中村氏)。
この皆伐事業で伐採した木材は当初、町内だけで利用するには多すぎるため、町外に流通させることを見込んでいた。しかしその後、新庁舎の建設計画が持ち上がり、木造が採用されたことから、その需要に応えることになった。地元の森林組合が伐採した原木を、地元の製材会社らで組織する木材供給共同企業体が加工し、町に納める、という流れだ。町は調達した木材を施工者に支給していく。
ただ新庁舎で想定する防耐火性能の下で構造材の地肌をそのまま見せる現しで仕上げるには、JAS(日本農林規格)に基づく製材品を用いる必要がある。ところが町内には、JAS認定工場はない。そこで構造材の一部については、京丹波木材協同組合で1次製材まで受け持ち、以降の工程は京都府内にあるJAS認定工場に委ねた。
京丹波木材協同組合内では、伐採した原木を乾燥させて歩留まりが高い製材品として供給するにはどうすればいいか、実際の木材供給を通じてノウハウの蓄積に努めた。森林とまちをつなぐサウンドウッズと連携を取りながら、施工者側との調整を円滑に進めるにはどうすればいいか、という点にも検証を重ねた。
町では設計作業の進み具合と歩調を合わせながら、木材を調達した。タイミングは大きく3段階。まず基本設計を終えた段階。この段階では構造材として必要な木材の量がおおむね固まることから、構造材の調達が中心になる。その後、間柱や屋根架構に用いる木材を調達し、最後に造作材を調達する、と段階を踏んだ。
施工のタイミングとは必ずしも一致しないため、調達した木材は施工者に支給するまで一時的に保管する必要が生じる。中村氏は「保管業務も木材供給共同企業体に発注しました。共同企業体では現場近くに倉庫を確保し、そこに保管していました」と話す。
町産材供給に携わる人材の育成に期待
使用する木材の量をできるだけ早い段階ではじき出す必要があるため、設計者には苦労が伴う。松本氏は「最終の積算段階で木材の使用量を大きく変更するわけにはいかないため、予算内に納めるには木材以外の仕様で金額を合わせなければなりません。その仕様調整に苦労を強いられるのが、難点です」と明かす。
公共建築の設計では、地域住民や自治体職員など関係者の声を反映させようとする時代の流れがある。それだけに、途中で設計変更を迫られる場面は増えている。「設計期間に限りがある中で設計の変更と木材の調達にどう折り合いをつけるかという点は、地域産材を活用していくうえで大きな課題です」と、香山氏は指摘する。
設計者はまた、工事監理の一環として木材調達に関する監理業務も担った。「木材の数量は必要な分だけそろっているか、品質は確保できているか、発注者の立場で監理することを求めました」(中村氏)。この業務には、木材調達支援の役割を担うサウンドウッズが設計・監理チームの一員として携わった。
施工は、技術提案と工事金額という2つの観点で選ばれた大成建設が手掛けた。町が技術提案で求めたのは、「木材調達側との連携、品質の確保、耐久性の確保」(中村氏)といった点だ。大成建設ではそれらの提案要求に応え、木材受け入れ時の品質検査方法や現場に納入された木材の管理方法などを提案した。
着工は2020年3月、完成は2021年8月。外装にも木材をふんだんに用いた建物だけに、耐久性の確保については設計段階でも施工段階でも配慮されている。例えば、木材の使用箇所は建物下層部に集約している点。松本氏は「建物上層部に用いると、外装材の取り替え時に足場が必要になり、コストがかさみます」と、理由を説く。また施工者からの提案に基づき、木材の一部には製材時に防腐防蟻剤の乾式加圧注入処理を施している。
建物の適切な維持管理には、計画修繕も欠かせない。そこには予算支出も伴う。的確に対応するには、修繕計画をあらかじめ策定しておく必要がある。中村氏は「長期修繕計画を2023年度にも策定する方向で検討中です」と説明する。
新庁舎の建設を通じて構築された町産材の供給体制は、庁舎完成後も継続的に機能している。2022年4月に開園した町立たんばこども園の新園舎建設では、この供給体制が活用されたという。さらに公共建築の建設には限りがある中、活用の場は民間建築にも広がりつつある。中村氏は「地元の森林資源を生かしていくうえで、町産材供給に携わる人材の育成も不可欠です。木材供給共同企業体が今後、そこにも一定の役割を果たしていくことを期待しています」と、将来を見すえる。