ウッドソリューション・ネットワーク

ウッドソリューション・ネットワーク

取り組み01 奈良県×大林組

奈良県コンベンションセンター

奈良県、森林環境管理と並行して木材利用
国際会議の誘致へ、奈良らしさを体現

2021年4月、「フォレスターアカデミー」の開校で森林環境管理に向けた人材育成に乗り出した奈良県では、森林環境管理と並行して木材利用にも力を入れている。その象徴が、2020年4月に開館した県下最大の国際会議場「奈良県コンベンションセンター」である。国際会議誘致に向け、県産材を目に見える形で活用し「奈良らしさ」を体現しているのが、最大の特徴だ。

Interview

奈良県水循環・森林・景観環境部奈良の木ブランド課係長 
植松

奈良県観光局MICE推進室主査 
小池

大林組PPP事業部大阪プロジェクト推進部担当部長 
山田

森林環境譲与税とは

奈良県コンベンションセンター
POINT01

課題

  • 人口減少などにより、全国の住宅需要の増加が見込まれず、スギやヒノキの活躍の場が減ってきている
  • 木材利用の低迷は、素材生産量の減少をもたらしている
POINT02

ソリューション

  • スギやヒノキの新規の需要開拓を目指し、海外の富裕層向けに販路開拓
  • 非住宅建築物の木造化・木質化を推進し、新しい需要を生み出す
  • 「公共建築物における“奈良の木”利用推進方針」を定め、公共建築物での県産材の利用とそれによる木造化・木質化を推進する
  • 奈良県コンベンションセンターのPFI事業者を公募・選定する段階で「県産材の活用」を盛り込む
POINT03

取り組みの効果

  • 奈良県コンベンションセンターでは、目立つ部分に県産材を利用し、PR効果を大きくした
  • 視察に訪れる人は木質化された空間に魅力を感じてくれる。それが、催事の誘致にも結び付いている
  • 木造化・木質化に関心の高い設計者や施工者らで検討組織を立ち上げ、設計・施工のノウハウの水平展開を図る
  • 県の取り組みを踏まえ、木造化・木質化の経験が浅い市町村を技術面や人材面から支援していく

需要低迷で素材生産量が減少傾向

奈良県と言えば、吉野林業。密な植林で間伐を繰り返したり枝を切り落としたりする独自の育成方法が、美しさと強さを併せ持つ木材を生んできた。代表格は、スギやヒノキ。流通市場では建築用として扱われ、和室の内装などに重用されてきた。

ところが、全国の住宅着工戸数は年間80万~90万戸と横ばいが続く。人口減少下だけに、年間100万戸の大台に再び乗ることは考えにくい。また畳を用いる和室は減少傾向にあると言われる。吉野のスギやヒノキは、残念ながら活躍の場を失いつつある

木材利用の低迷は、素材生産量の減少をもたらす。奈良県ではここ数年、年間約16万㎥前後にとどまる。長期減少傾向にある中、2010年を底に増加基調に転じたものの、2017年をピークに再び減少し始めた。

奈良県水循環・森林・景観環境部奈良の木ブランド課の植松氏は「木質バイオマス発電所が2015年12月に運転を始めたため、燃料用の丸太の需要が増えた。しかし、ほかの用途の需要が落ち込んだため、全体で見れば再び減少に転じた」と解説する。

生産地として求められるのは、新規の需要開拓だ。

一つは、アジア・欧州をはじめとする海外の富裕層向けの販路開拓だ。県では7年前から、海外販路開拓事業に取り組み、吉野材の魅力を伝えてきた。「スギは日本固有種で、海外では珍しく、興味を持たれやすい」と植松氏。現地の日本人に販路拡大アドバイザーを委嘱し、富裕層が集まる場でその宣伝に努めているという。

奈良県コンベンションセンター
奈良県コンベンションセンター

奈良県が2020年4月、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)事業を通じて奈良市中心部に整備した集客・にぎわい施設。上記写真の右側がコンベンション施設、左側が観光振興施設。PFI事業者は、大林組のほか、梓設計、コンベンションリンケージ、東急コミュニティーの4社。協力企業として、土木設計・工事監理のオオバが加わる。観光振興施設には「奈良蔦屋書店」がテナントとして入居。 (写真:ヴィブラフォト/浅田美浩)

奈良県

奈良県コンベンションセンター Web Site

MICE推進室 「大宮通り新ホテル・交流拠点事業」

奈良の木ブランド課

大林組

Obayashi Wood Vision

Port Plus

LOOP 50

屋根架構は鋼材と集成材の混構造
屋根架構は鋼材と集成材の混構造。屋根面には所々トップライトが抜かれ、木漏れ日のような明かりを床面に落とす (写真:ヴィブラフォト/浅田美浩)

PFI事業者には県産材の活用を求める

もう一つが、非住宅建築物の木造化・木質化の推進だ。「住宅着工戸数がこれまで以上に減っていくとみられる中、住宅以外の用途で木造化・木質化を推し進め、新しい需要を生み出していく必要がある」。植松氏はそう力強く言い切る。

奈良県コンベンションセンターの建設計画が浮上したのはまさに、そうした需要開拓が求められていた時期だ。県では2012年3月、森林づくり並びに林業及び木材産業振興条例に基づき「公共建築物における“奈良の木”利用推進方針」を定め、公共建築物での県産材の利用とそれによる木造化・木質化を推進する考えを打ち出していた。

計画の発端は、滞在型観光交流拠点の整備にある。「奈良県への観光客は日帰り訪問者が多く、地域資源を生かした消費や雇用を生み出せていない。その課題を解消しようと、拠点整備を決めた」。奈良県観光局MICE推進室主査の小池氏は解説する。

計画地は、奈良市中心部の県有地約3.2ha。県営プールや奈良警察署が立地していた場所だ。マリオット・インターナショナルが「クラシックラグジュアリー」に位置付けるホテルブランドの「JWマリオット」を誘致し、情報発信機能を持つNHK奈良放送会館の移転を受け入れたうえで、残る約2.3aにPFI(民間資金を活用した社会資本整備)事業を通じて集客・にぎわい施設を整備する計画だ。

この集客・にぎわい施設の核が、国際会議や展示会など「MICE」の利用を想定したコンベンション施設である。「国際会議に対応可能な施設は県内にあるものの、収容人員は最大でも1500人未満。MICEの中で中規模と言われる2000人以上に対応できる施設を整備し、これまでにない規模の国際会議を誘致しようと考えた」(小池氏)。

県が2015年10月、PFI事業者を公募・選定する段階で提案施設に求める水準を示した書類には、「県産材の活用」という項目が盛り込まれている。「国際会議の誘致に向けて奈良らしさを体現するという狙いからも、県産材の活用を求めていた」(小池氏)。どの材をどこにどの程度活用するかという具体の内容は、民間事業者側の提案に委ねられた。

公募を経て2016年3月に落札事業者として選ばれたのは、大林組を代表企業とする民間4社のコンソーシアムである。南北に細長い敷地の北側、誘致したホテル寄りの一角には、地上2階建てのコンベンション施設を配置し、大屋根に覆われた広さ約1000㎡の屋外広場をはさんで向かい側に、飲食・物販店舗などで構成する同じく地上2階建ての観光振興施設を建設する計画を提案した。奈良らしさとして県が焦点を当てていたのが、700年代の前半に栄えた天平文化であることから、その象徴とも言える正倉院の校倉造りを思わせる意匠デザインなどを、内外装の随所に取り入れている。

最大収容人員2000人のコンベンションホール
最大収容人員2000人のコンベンションホール。スギの製材品が四方の壁面に帯状に張り巡らされる。ホールの広さは約2100㎡。3つに分割することも可能だ (写真:ヴィブラフォト/浅田美浩)

適材適所の考え方でメリハリも利かす

県産材活用の目玉は、屋外広場の屋根架構に鋼材とともに用いたスギの集成材だ。施設の前に立った時、まず目に飛び込んでくる部分となる。審査講評では「目立つ部分に県産材を利用する具体策が示され、PR効果が大きい」と評価された。集成材の製造は、県下の五條市に本社を置く集成材メーカー、トリスミが担当した。

もう一つの目玉は、コンベンション施設の内装だ。圧巻は、最大2000人が収容可能なコンベンションホール。天井高約10mの無柱空間には、スギの内装材が四方の壁面に張り巡らされる。そのモチーフが校倉造り。天井面に近い上部には吸音パネルを張る。

県は会議施設に対して、会議や講演会に適した残響時間を求めていた。大林組PPP事業部大阪プロジェクト推進部担当部長の山田氏は「そうした県の要求にも応えられるように、内装の仕上げは設計されている。」と説明する。内装の木材は、明治期に大林組製材工場として創業したグループ会社の内外テクノスが担当した。

県産材の活用が求められる中、民間コンソーシアムではどのような考え方で木材の利用を検討したのか。山田氏はこう解説する。「奈良県には非常に質の高いスギやヒノキがある。まずはそれをどう生かすかという発想に立った。ただ建築法規やコスト条件などを踏まえ、適材適所の考え方で県産材をはじめとする木材の利用を決めた」。

基本は、木の温もりを感じられるような目に見える箇所にふんだんに用いること。ただ、PFI事業とはいえ公共事業でもあることから、経済合理性も求められる。「利用者にも近い床上付近は無垢の木を用いる一方で、利用者から離れた天井付近は表面の仕上げに用いるだけにとどめるなど、メリハリを利かせている」。

県内のアーティストと連携し、オリジナルの木製家具や木材を用いたアート作品を採用するなど、細部にまで気を配った。「PFI事業という性格上、設計段階でトータルデザインすることが可能だった。規模が大きく、付加価値の高い施設であることも、トータルデザインにプラスに働いた」。

県産材の活用を求める自治体としては、PFI事業を通じてこうした木材利用のノウハウも施設に取り込むことができる。とりわけ見過ごせないのは、維持管理段階での木部のメンテナンス性である。自然素材である木材は工業製品とは異なり、適切なメンテナンスが欠かせない。このPFI事業では、事業者が開館後15年間にわたって指定管理者として維持管理にあたることから、設計段階からそこまで意識することになる。そこが不十分だと、PFI事業者にとっては想定外の負担が生じかねない。

コンベンション施設1階の通路
コンベンション施設1階のホワイエ。ここでも壁面や天井面に木材をふんだんに用いる。左手は、分割使用可能なコンベンションホール (写真:ヴィブラフォト/浅田美浩)
コンベンション施設1階のラウンジ
コンベンション施設1階のラウンジ。壁におけるアート作品は、奈良県在住の2人のアーテイストが制作したもの。 (写真:ヴィブラフォト/浅田美浩)

木質空間の魅力が催事誘致につながる

実際、山田氏はこう明かす。「PFI事業ではメンテナンス性も考慮し、トータルバランス重視の姿勢で設計にあたる。設計段階では、メンテナンスに関するノウハウを持つ施工部門や協力会社とも連携し、例えば木部を雨が掛からない箇所にとどめたり内装材を取り替え可能なつくりにしたりするなど、工夫を凝らした」。

施設規模が大きく、予定工期は30カ月以上となった。そのため、使用する木材の調達は実施設計後で十分に間に合った。使用木材の材積は製材ベースで557㎥。試算によれば、原木ベースに置き換えると1400㎥程度という。県内の素材生産量は年間約16万㎥であることから、そのおおむね1%に相当する分量だ。

開館からおよそ2年半。運悪く、新型コロナウイルス禍の期間に重なりながら、2020年度598件、2021年度985件、と催事件数は順調に積み上がってきた。「2022年度も前年度を上回る見通しだ」(小池氏)。

念願の国際会議は、2022年12月に初開催を見込む。国連世界観光機関(UNWTO)が主催するガストロノミーツーリズム世界フォーラムである。「ガストロノミーツーリズム」とは、その土地の食文化に触れることを目的とするフードツーリズムの一つ。当初は2022年6月に開催を予定していたが、コロナ禍で延期を余儀なくされていた。

県産材の活用による効果を、小池氏はこうみる。「視察に訪れる人は木の香りや温もりを評価してくれる。コンベンション施設には無機質な空間のものが多いだけに、木質化された空間に魅力を感じてくれる。それが、催事の誘致にも結び付いている」。

県では将来をにらみ、木造化・木質化を担う建築技術者の育成にも力を入れる。関心の高い設計者や施工者らで検討組織を立ち上げ、設計・施工のノウハウの水平展開を図るほか、設計者や施工者らを対象に研修会を開催し、2023年度以降の向こう3カ年で100人規模の修了者を輩出することも想定する。

「新規の需要開拓として非住宅建築物の木造化・木質化を図るにも、公共建築物だけでは限りがある。民間建築物にまでどう広げていくかが重要と考えている」。建築技術者の育成に乗り出す理由を、植松氏はこう説明する。

木造化・木質化を推進する立場では、市町村の支援も視野に入れる方針だ。

市町村によっては、森林環境譲与税を今後、木材利用の促進に充てることも想定される。しかし、その市町村に公共建築物の木造化・木質化の経験がなければ、それをどう進めればいいのか、ノウハウに欠ける。「これまでの県の取り組みを踏まえ、そこを技術面や人材面から支援していきたい」。植松氏はそう強調する。